2025.5.12

昨夜布団の中で突然思ったのは、木内鶴彦さんは、二千何十年間前にイエス・キリストではなかったか❓️と、感じたのです。僕は新約聖書に書かれているイエス・キリストの像――つまりイエスの出生から、ゴルゴダの丘で磔の刑で処刑されて3日後に甦り、神になった云々の物語は、後世の【物語】つまり小説であり、実像としてのイエス・キリストは、正にまさに木内鶴彦さんの一生の様に、世界を股に掛ける地球救済的な人生を送りたかったのではないか❓️と感じたのです。新約聖書に書かれている様なあの狭いローカル的な活動ではなく、【光は東方より】――つまり日本を目指して、イエスが心底憧れていた光柱の中で神の世界に昇天したい❗と本気で信じていたのではないか❓️

木内鶴彦さんはイエス・キリストはシルクロードを通りChinaを抜けて台湾に上陸更に石垣島などに上陸したりして軈て九州→そして四国の徳島県の剣山を目指しました。また九州の島原半島ではなく温泉にも入ったらしいです。

木内鶴彦さんはイエスはシルクロードなどの砂漠🏜️地帯を緑豊かな環境に変えたいと言う壮大な考えを持ちながら、また実際に緑化活動をしながら日本に向かって来たらしい❓️です。

つまり新約聖書の中で述べられている無数の虐げられた人々を救うと言うだけの活動の生涯ではなく、もっともっともっと広大な壮大な、グローバル的な志向を持ちながら、人類全体の救済的な仕事をしながらも、彼の最終目的は、日本の四国、徳島県の剣山での光柱の中で神の世界に昇天したい❗と言う最大・最高の人生の目的の成就ではなかったか❓️

何故に木内鶴彦さんが前世でイエス・キリスト自身だったのかは、今から20数年前に、剣山の山中の洞窟付近で、2000何十年か前に光柱の中で神の世界に昇天出来ずに、正に地縛霊❓️的なエネルギー状態のイエス・キリストを、わざわざ何で木内鶴彦さんが、背負い山頂付近まで苦戦して登らなければなかったのか❓️を考えたら、これはどうしても、2000数十年前のイエス・キリスト🟰木内鶴彦さんだ❗としか考えられない………💡。


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